教えることで教わっていく
<<
作成日時 : 2005/10/16 20:49
>>
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 0 /
コメント 12

そんな理想論、現実にはなかな通用しない!
手で払いのけるような否定が直ちに聴こえてくるかもしれない。
先生とて生身の人。
生き方を模索し、一つ先を目指し続けるのは同じ。
教えるばかりでは、絞り切られて捻れてしまう。
慕われる先生は、自分が学ぶ姿勢を忘れない。
ガチガチに強張った真面目な面持ちで
「私も人生の探求者であり、学びの途中にあるものです!」
そんな宣言されればたちまち生徒はひいてしまうだろう。
先生として一つ段上から見守り、教える目線と
同じ高さで交歓できる目線。
二つの目線を自在に持てる先生がすてきだ。
ハリウッド流おとぎ話仕立てにしている点も否めないが
ぜひ授業を受けてみたい二人の先生がいる。
「天使にラブソングを!2」のデロリスことウーピー・ゴールドバーグ。
「スクールオブロック」のデューイことジャック・ブラック。
前者はダウンタウンの構内暴力や非行が横行する問題高校。
密かな夢を抱きながらも、あきらめと無気力が漂う生徒たちが相手。
ベガスのスターの身を尼僧服に隠し、ゴスペルを歌うことで
生徒たちひとりひとりが特別な存在であり、夢追いかける資格持つことを伝える。
シリーズ1で尼僧のコーラスを指導した時と同様に
デロリス自身が楽しく、気持ちよく歌うことが基本中の基本。
歌う人の心地よさや幸福感が、音にたっぷりのメッセージをふくませる。
教会の外に届く音とは、ヴォリュームでなく瑞々しい幸福感のメッセージ。
内気な少年がみごとなファルセットでソロをとれば一番の喝采を見せるデロリス。
生徒の高揚感をそのままにキャッチできる目線。
かつて悪戯でオマセな少女として過ごした母校。
彼女が手を差し伸べたのは、昔日の幼い自分でもあったろう。
聖歌隊バトルで掲げたトロフィーは、生徒から贈られた彼女の人生への賞でもあった。
後者は小学校が舞台だが、逆に社会的地位もあり教育熱心な保護者が
ずらり揃ったエリート私立校。よい子であることを義務づけられ、達観した大人子供が相手。
賞罰の徹底が子供らしい型破りさを封じ込めている。
破天荒が過ぎて、バンドを首になった生粋のロッカー、デューイが身過ぎのために
友達の名を騙り、臨時教師として赴任する。
ロックバンドバトルで復活し、賞金もせしめようと、子供たちを誑し込みバンドを結成させる。
クラス全体を巻き込む必要があるため、警備・照明・衣裳・マネージメント・グルーピー!まで
バンドメンバーに加えて振り分けるところが笑える。
一日中、従来のカリキュラムを無視して、ロック三昧。
不思議なもので、思い入れ深く突き詰め、身に沁み込んだ知識を語れば
そのまま人生の教えになってしまう。
彼が黒板いっぱいに書くロックを中心とした米国音楽相関図には感動すら覚えた。
それぞれのジャンルを愛好する人は人種も社会的地位も違うだろうが
なんと!全部ロックで繋がっているではないか!ロックンロールよ永遠なれ〜♪
彼がズバリ語るロックの心とは
「大物に反抗しようぜ!」というマイノリティー精神。
普遍性があって当然と言えば当然だ。
当然ながら騙りがバレ、せっかく練習したバンドのバトル出場が流れそうになる。
ベッドで腐るデューイを叩き起こし、ロック魂を目覚めさせたのは他ならぬ生徒たちだった。
「勝つためじゃなく、最高のステージを魅せてやろうぜ!」
優勝こそ逃したものの(ここが、天使ラブと違う!やはりあちらは神のご加護があり、
こちらはメジャーへの反骨がポイントか)観客のアンコールという栄誉をうける。
教える過程で、デューイがロックの原点というべきものを再確認し、
自分が舞い上がるばかりの演奏から脱皮したのは言うまでもない。
学校で出会うばかりが先生ではない。
自ら良き先生を見つけ出すパワーを持つことも大事だと思う。
でも、生涯に一人か二人!
楽しく、元気よく、全身全霊で関わってくれる先生に出会いたいものだ。
メッセージ受け取った子の数だけ、花が咲く幸せ。
先生となったからには、最高の花束を抱いてみたいだろうに。
*カシニョール作 「蒼い夕暮れ」
|
ブログ気持玉
クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ